2016年11月9日水曜日

もうひとりの維新志士たち―近代山口を支えた人びと

山口市歴史民俗資料館で「「もうひとりの維新志士たち―近代山口を支えた人びと―」という企画展をやっているらしい。

ここは名前がわかんなくなってしまうと地図で探さないとみつからない(県やその周辺の博物館・資料館一覧にあまり出てない)ところが自分にとって不便で、駅から徒歩25分 (^^;)。しかも駅からはずっとだらだらした上り坂(景色はいい)という難儀な場所だが、唯一徒歩ですぐのところに自分にとっての特大名所、木戸神社がある。

これは行かねばなるまい。

展覧会の内容が、これを読んだだけでは把握できないところがうむむ・・・だが、吉富貫一とか吉敷毛利家とかの関連なのではないのか?と想像する。
幕末の長州というとみな萩の方に注目してしまうが、長州は萩から山口に遷都するところに注目すべき、と思う。

吉敷毛利家というのは、当主であった親直が土肥又一といって、福原越後の息子の芳山五郎介や河瀬真孝、福井の狛林之助などとイギリスにいて、畠山らと知り合いであったらしく、手紙をやりとりしていたりする。
イギリス留学組についてはあまりよく知らないので、これはいまウィキではじめて知って驚いたが、その又一はその後、西南戦争に参加したらしい。
その後を継いだのが、アメリカにいた留学生の山本重助。
この人は恐らく佐賀の乱の香月経五郎が地理的に近所にいたと思われる。西南戦争には佐土原藩主三男の町田啓次郎が参加したこともあり、この辺は一筋縄では解けないものを感じさせる。

ということで、この企画展に行かれた方、ぜひ様子など聞かせてくださいませ。


2016年7月22日金曜日

岩倉使節の旅追っかけは移動しました

ここはあまり書き込まないと消滅するという噂があるので、岩倉使節の旅の部分を自分のウェブサイトに移しました。
でもここにも残っています。同じものですが、いずれ修正、加筆して整理する可能性もあります (^^;)

こちらです。

http://tomoland.net/iwakura-usa/


2015年12月4日金曜日

2015年8月10日月曜日

KozoWeb引っ越しました+岩倉使節関係の記事も移動の予告

www.tomoland.net/kozo-webに畠山義成のサイトを引っ越しました。
まだ途中なので、一部だけですが、徐々に残りを移動します。お探しの情報がみつからない場合はご一報ください。

また、このブログの中にある岩倉使節の記事も引っ越す予定です。

ご面倒おかけすると思いますがよろしくおねがいします。



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2015年7月13日月曜日

展覧会情報:田能村竹田(8/2までみたいです)

東京の出光美術館で「没後180年 田能村竹田」を開催していた!!!

全然知らなかったし、知っても行けないのだが、大河ドラマ効果があるかも知れないのでお知らせしてしまう。

田能村竹田(たのむらちくでん)は木戸孝允が愛した南画家。
詳しいことを忘れてしまったが、弟子(養子か?)の田能村直入と長三洲が出身地の関係からだったか、懇意で、その辺りから必死に収集していたことが日記を見ているとわかる。

出身地(現在の大分県、当時の岡藩竹田)の大分の市立美術館にはいくつか作品があるのを知っていたが、今回の展覧会出品作はすべて出光美術館所蔵とのこと。知らなかった。。。ウィキによれば、出光美術館には200点もの作品があるという。
そのうちのいくつかの旧所蔵者は木戸孝允ではないのか?!などと思うが、そんなことは、まぁどうでもいい。

岡藩というのは、岡城が滝廉太郎の「荒城の月」のモデル(土井晩翠ではない)といわれるので混同してしまうのだが、滝廉太郎は岡藩の人ではなく、その隣というか、隣の隣というか、日出藩士の息子。
滝廉太郎の父親は大久保利通の側近であったことが知られているが、明治以降に勤務地を転々とした中で、廉太郎少年は竹田に住んだことがあって岡城を知っていたらしい。

展覧会は見られないが、図録が出たようなので一安心。
ウィキを見ていたら、川村清雄が直入の弟子とあり、それは果たしていつの話なのか???と余計な疑問を持ってしまった。

自分はそれほど南画ファンではないのだが、木戸孝允の好みを感じるには必見の世界。ということで、きどファン必見の展覧会情報までにて。

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